この図鑑は狂気(凶器)である。

日本の「真の水生昆虫」を網羅した、水生昆虫への愛がたっぷり詰まっている。

そして、その魅力を最大限伝えようとしている。それが「王者の風格が漂う」など主観的な表現に想いの強さが表れている。

各種の解説ページ

最大の特徴にして最大のオリジナルなポイントは、種数の多さと生きた個体の写真の多さだろう。

これによって、水生昆虫の多様性や魅力が伝わってくる。

これだけの写真や情報を集めるだけで狂気である。

一方で、こういう特徴を持つ図鑑では種の同定までしっかりできるものは少ない。

しかし、本図鑑は絵解き検索を用いて簡潔に特徴が書かれており、識別のポイントがわかりやすい。

特徴がイラストでわかりやすい

従来ならば、多くの論文を集めて、これらを読み解き、比較しながら、やっと種の同定に至るので、専門家でない読者にとってはかなりの労力が軽減され、より正確に同定できるようになるだろう。

そもそも専門外の人にとってはどのくらいの近縁種がいるかすらわからないことが多いのである。

各種の解説ページにあるスケールバーも初心者にとっては大いに役立つだろう。

だから、今まで同定が難しいと思ってたから避けていた人が、同定できると思ってしまったなら、最後、

気づいたら、手持ちの標本を調べてしまったり、水辺に出かけたりしてしまっているかもしれない。

私もその一人だ。

そんな人を水生昆虫の世界にハマらせる凶器にもなりうるので取り扱いには注意が必要だ(笑)。

ちなみにスケールバーは、拙著「クワガタムシハンドブック」(文一総合出版)でおそらく初めて採用されたもの(私の考案)で、

編集者N村氏が共通なので、もしかしたらクワガタムシハンドブックから引用されたのかもしれない。クワガタハンドブックの制作途中で提案したが採用しなかったスケールとそっくりだ。

いや、きっとそうだ。そういうことにしておこう。

本書(左)とクワガタムシハンドブック(右)のスケール表示

他にこの本の特徴を挙げるとすれば、特に近年の発見の記述や課題が充実しており、今後の新たな発見につながるに違いない。

近年の研究やこれからの研究も紹介されている

また、各部名称ではそれぞれの部位の英語も併記されているので、英語の記載文を確認するのに役立つ。

図鑑は論文を読むときの「つなぎ」の役目も重要と私は考えているので、この点も良いアイデアだ。英語の論文を初めて読むときのハードルが下がるからだ。機会があれば自分も取り入れたい。

読者の一人としてリクエストするなら、(限られたページ数では難しいかもしれないが)

○探し方や採集道具など、野外で見つける方法も載せてほしかったし、水辺での危険や注意すべきことも説明が欲しかった。そのほうが、より多くの読者に水生昆虫の魅力が届くだろうし、著者陣の豊富なフィールドワーク経験を活かせるだろう。

○用語について。想定読者のために、
・「水生コウチュウ目」(p.15)「水生カメムシ目」(p.223)という用語はこの図鑑オリジナルだと思われる。一般的な用語と読者に誤解を与えないような注意書きがあったほうが良いと思う。
・「小顎髭(しょうがくしゅ)」のような専門用語にルビを振った方が良いだろう。(ちなみにこの部位は小顎鬚(しょうがくす)や 小あごひげ とも呼ぶ )
・「短日条件」の説明もあったほうが良いだろう。できればコラムなどで、これが確かめられた実験を簡潔に紹介してはどうだろうか。
・「短翅形」「長翅形」についても、図示などでわかりやすく説明してはどうかと思う。特にヒメドロムシ科は他の虫に比べてわかりにくい。

改訂版に期待したい。

もし今は水生昆虫に興味がなくても、とりあえず持っておいて損はない。

そして、子供の頃からこういう図鑑に触れることをおすすめしたい。

大人の本気が伝わるはずだ。

ちなみに、筆頭著者の中島氏は大学時代の後輩です。
彼が大学1年のときに南西諸島デビューした、石垣島、与那国島、西表島に同行したので、実質、私も著者だと思っている(笑)

大学の試験期間明けに、連日の徹夜明けで向かった与那国島で、発熱・嘔吐・下痢などのひどい症状の病にかかった私に、
中島氏が言った「横川さん、ヨナグニマルバネを見て元気だしてください」という言葉は忘れられない思い出である。
前日に運良く採集できたオスのおかげで、数日で回復できた。(決して中島氏のおかげではない)
私が数日死んでいたおかげで、中島氏は水生昆虫三昧のウハウハな日を過ごせたのだから、私もこの図鑑に貢献しているのです(笑)