タイワンマダラクワガタ Aesalus imanishii Inahara & Ratti, 1981 のタイプ標本について調査して論文にまとめました。
兵庫県立大学・准教授(兵庫県立人と自然の博物館兼任)の山内健生氏(現帯広畜産大学・准教授)との共同研究です。
タイワンマダラクワガタは、1981年に新種として記載されたクワガタムシです。
この時に使われたタイプ標本がこの兵庫県立人と自然の博物館に保管されています。
タイプ標本とは
タイプ標本というのは、新種(新亜種)として学名がつけられたときに使用された標本(群)のことです。
タイプ標本にはいくつかの種類があります。
ホロタイプとは、新(亜)種の基準となる唯一の標本です。
新種として発表される時に必ずホロタイプが指定されます。
研究者は、この標本の特徴をもとに、他の標本が同じ種(亜種)かどうかを判定(専門用語としては「同定」という)するのです。
もし似た標本が得られ、新種かどうか分からない時には、この標本と比べて新種かどうかを判断します。
また、新種として論文を書くときに、複数の標本が得られた場合は、ホロタイプ以外の標本をパラタイプとして指定することもあります。
クワガタムシのように、オスとメスが顕著に異なる特徴を持つ場合、パラタイプの中からホロタイプとは別の性の標本をアロタイプとして指定することもあります。
ですから、タイプ標本は人類の財産として、将来の研究のためにもできる限り状態を維持し、焼失や紛失しないよう厳重に保存しておく必要があるのです。
タイワンマダラクワガタのタイプ標本の現状
話を元に戻しますと、
タイワンマダラクワガタには、ホロタイプの他にアロタイプとパラタイプが指定され、そのほとんどがこの博物館に保管されているのですが、
記載された時に発表された論文(記載論文)と、標本につけられたラベルが異なることを発見しました。
この新種を記載した稲原延夫氏は故人なので、私たちは標本や文献を詳しく調べたり、稲原氏をよく知る人たちから当時の話を聞いて、その結果を論文2本にまとめました。
2018年12月に発表した一本目は、
現在の標本と記載論文との違い、標本や文献、ラベルから読み取れること、標本からでは分からないことをできるだけ詳しく記録し、考察しました。
ちなみに、この論文では、
私が発見したタイワンマダラクワガタの雄と雌の違いについても書きました。
2019年12月に発行された2本目は、
一本目の論文を読んだ当時の関係者(3人目の著者の沢田氏)と協力して、再度標本やラベルを調査したり、タイプ標本を採集した今西氏や昔の今西コレクションを保管しておられる前田氏の聞き取りをして、明らかになったことをまとめました。
これらの論文を書くにあたっては、多くの方のご協力が必要でした。
論文を書いて得られたこと
何も知らない人からしたら小さい虫(5mmくらい)の死骸にしか見えないかもしれませんが、この「死骸」から多くの貴重な情報が得られ、新種であることを確認し、論文化するために多くの研究者が苦労し、その過程で様々な人間ドラマがあることを、肌で感じることができました。
学術的な研究の裏側に様々な人も想いや当時の状況などが複雑に絡まっているのを、標本や文献、ラベル、聞き取りによって、その謎を解き明かす過程は、歴史学者、探偵、生物学者としての3つの視点から捉えるというのが新鮮で、見る角度によって同じものが別の価値を持つことを身を持って経験し、より深く標本を見るきっかけになりました。
タイプ標本をラベルとともに保存する意義を強く感じることもでき、その意義をもっと伝えていかなくてはと思うようにもなりました。
興味本位で調べたことですが、このような博物館の重要な標本を活用し、当時のことをできる限り詳しく記録したことを、結果的には博物館内外の方々から評価していただけたことはとてもうれしく、やりがいがありました。
多くの方々にお力を貸していただいたので、プレッシャーも大きかったですが、論文として発表でき、協力してくださった方々にも喜んでいただけました。
さらに、この研究を通して、偶然にも稲原氏のご家族にもお会いすることができ、「父の研究が今になって再び注目され評価されたことが嬉しい」と、とても喜んでいただけたことも思いがけなく嬉しかったです。
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