昨年の8月に神戸市の六甲アイランドで見つかった、Chondracris roseaという学名のバッタ(バッタ科ツチイナゴ亜科)を、昆虫の専門誌「月刊むし」にて報告しました。

横川忠司・岩本哲人 (2021) 国内で初めて発見されたChondracris rosea (バッタ科ツチイナゴ亜科). 月刊むし. (599): 37-39.

発見したのは、神戸市立六甲アイランド高校の自然科学研究部の皆さんです。

今回の報告は、短報ではなく全部で2ページの報告になっています。論文形式で書いているため難しく思われた方への解説としてここでは噛み砕いてご紹介します。根拠や文献について、詳しくは月刊むしをご覧ください。

発見のいきさつ

先日、同校の自然科学研究部顧問の岩本先生から、名前を教えてほしいと言われて送ってもらった写真からこの発見に繋がりました。それが下の写真です(論文より引用)。

昆虫好きなら、これほどの大きさであれば、バッタに詳しくなくても、日本にいる種かどうかわかる人は多いと思います。

私もバッタには詳しくはありませんが、ひと目でこれは日本にいない種であることはわかったので、調べてみたところ本種であることがわかりました。

さらに確証を得るために、バッタの専門家数名に確認してもらいました。

どんなバッタ?

このバッタは、パキスタンから中国、台湾まで東南アジアを中心に広く分布する種で、これまで「現在の日本の領土内」では見つかっていませんでした。

なぜ、「現在の日本の領土内」と書いたかというと、第二次世界大戦以前に日本だった台湾や旧満州には生息しているからです。

なので、1910年や1939年の文献には記録されていて(学名は当時からは変わっています)、海外の文献には今でも、分布に日本が含まれています。

大きさは、文献によると、全長は♂が50 ~ 65 mm 、♀が65 ~ 90 mm 程度です。

今回見つかった個体は、写真から推定すると78 ~ 86 mm 程度で、大きさと体型から♀と考えられます。

日本最大級のバッタであるタイワンツチイナゴ Patanga succincta (♂60 ~ 65 mm 、♀75 ~ 84 mm )やショウリョウバッタ Acrida cinerea (♂40 ~ 50 mm 、♀75 ~ 82 mm )よりも大きいのです。

どこからやってきたのか?

では本来、日本にいないバッタがなぜ神戸で見つかったのでしょうか?

大型のバッタはとても飛翔力が高く、自らの力で飛んできたことも考えられます。しかし、これまで日本で見つかったことはありません。もし、大陸から飛んで来るのであれば、大陸に近い日本海側や、台湾に近い南西諸島(特に八重山諸島)で見つかっているはずです。実際、これまでに見つかったことはありません。そのため、飛来してきた可能性は低いと判断しました。

発見された場所は、船で運ばれてきたコンテナを保管しておくコンテナヤードから最短で300mほどの距離にあるので、もしかしたらコンテナや船に乗って来た可能性を考えました。

そこで文献を探したところ、ちょうど昨年2020年に出版された論文が見つかりました。この論文によると、2018年8月10日に釡山にて、中国船に乗ってきた4頭の本種成虫が生きた状態で見つかっているとのこと。

したがって、今回発見された個体もコンテナで運ばれて来た可能性が一番高いと考えています。

この発見の意義

このような巨大な昆虫が日本で初めて見つかるというのはかなり少ないことです。

なので、それだけでもこの発見は多くの昆虫好きを驚かせました。

大きな発見ですが、手放しに喜んではいられません。それは、まず、本種が農業害虫として知られているからです。

生息地の中国では蝗害(こうがい)を起こすほど、かなり広範な植物を食べる虫なのです。つまり、あらゆる植物を食い尽くしてしまい、食糧不足を引き起こす可能性があるのです。日本でも、過去にトノサマバッタでの蝗害で飢饉が起こっています。

本種は体が大きいのと、外来種(本来の生息地ではない場所に入り込んだ種)なので天敵がおらず急激に数を増やす可能性が考えられることから、もし数が増えれば農作物に被害を及ぼす可能性は十分に考えられます。

他にも、外来生物は様々な悪影響を及ぼすことが知られています。実際に定着して初めてどのような影響が出るのかがわかる、専門家でも予測が難しいのが現状です。

実際にこの種が日本に入っているという事実は、今後も入ってくる可能性が十分にあるということでもあります。最近では、ヒアリというアリが国内に入ってきており、防除や駆除の難しさから大変な問題になっています。バッタの場合は、移動力が高く捕まえるのも難しいので、駆除はより困難だと考えられています。そのため、専門家も危機感を持たれています。

(外来生物の問題について、詳しくはこちらの記事と記事中のリンクも参考にしてください)

中国では神戸より緯度が高く寒い場所にも生息しているので、冬を越す能力もあると思われます。この種は、卵で越冬します。

このような理由で、今後もこのバッタの動向には注視しなければなりませんし、増えてしまったときの駆除の準備も視野に入れる必要があるかもしれません。

この発見を通して、外来種や環境問題を考える材料がこんな身近にもあることを知ってもらい、考えるきっかけにしてもらいたいと思います。